年中リハビリ日記

人生で書きとめておきたいことができたら更新する

お疲れ様でした

私のジャニオタ人生終了した。

経緯は100%本人の自業自得だと思うので、事務所や各関係者を恨む気持ちもないが自担のことも恨めない。

ツイッターで事務所へ憎悪を向けてる同担を見ていると悲しくなるし、自担へ憎悪を向けてる人を見るのもただ虚しい。

NEWSのメンバーやその担当の方が被った火の粉を思うとただのファンのくせに申し訳なくて消えたくなる。というか消えます。ツイッターはそっと消すつもりです。

 

 

一人のアイドルに依存した半生だったのでこれからどうして行こうかと途方に暮れた気分になっている。

 

どん底気分の手越担がうたプリ映画を観て許された話

 

 

 

許されたなんておかしい表現だけれど、この感情はそれ以外に表現しようがない。そんな感じの人に伝わるかどうかなんて全く考えていない文です、あしからず。

 

 

 

趣味だとか恋だとか愛だとかそういう言葉よりも、私にとって彼の存在は例えるなら『習慣』だった。

生きていく活力になるような"予定"はほとんど彼がもたらしてくれたし、辛いことがあればライブのDVDを観る、むかつくことがあれば彼のインタのとある回答を思い出す、恋愛した時はひたすらに彼が歌うラブソングを聴き、振られたり別れたりするとテゴマスのくしゃみを聴きつつまあ手越がいるからいっかと思えた。2度の受検も就職も人間関係も傷つくことがあれば彼の存在が薬になった。

けれど人生のすべて、と表現するのは何か違っていて、すべてではなく中心、支柱という感じだった。

彼の良くない噂や本人のやらかしも、それを言及する人に何か思うところがあっても本人を罰したい、ファンに謝ってほしいと思ったことはなく、三大欲求が己の意とは関係なく当たり前に離れがたいものであるように、好きとか嫌いとかそんな感情を飛び越えて、わたしの生活には彼が必要だった。

馴れ初めや存在の重要さに文を割くのは本意ではないのでこの辺にするが彼のアイドルとして、人間として上手く自由に枷に嵌ってなんていないですというそぶりでいようとしているような、でも枷もチラ見させとこうか、みたいな、けどそのどれでも無いようなうまく言えないがファンに理解者顔をさせてくれない深い万華鏡めいた部分が無性に好きだった。生きるのが上手いのか下手なのかよくわからない不安定さがいとおしかった。


とにかく彼はわたしにとってそういう存在だったので、例の件で公式から声明があってからというものの、わたしは仕事していても食事していても何をしているにも頭の片隅で「暇だな」と考えていた。要は脳がバグっていた。

なにせ今は彼の顔を見たいけれど見たくない、声も聴きたいけど聴きたくない、彼の情報を耳に入れたいけど入れたくない状態で、彼が今何を考えてこれからどうするつもりで何してるかなんてわからないから、漠然と『これから』の不安が胸を圧迫して苦しくて仕方なかったのだ。彼がアイドルをやめたら自分がこれからどうやって生活したらいいのかわからない。

意地になって気にしないようにしようとしても苦しくて、苦しいと思う自分が許せなかったし、周りには気にしていない、揺らいでいないというポーズをとりつつもけれどやっぱりどうしたって辛かった。彼のことを考えたくなかった。考えないようにすると、これまでずっとやってきた習慣がぽっかり空いてしまった。私の時間に、思考に、生活に、穴が空いた。

 

何もかもが解けてぐしゃぐしゃになっていた。

 

 

そんな時にいきなりふと「そうだ、うたプリを見ようかな」と思った。

去年の今頃、ジャニオタたちがごぞって鑑賞し面白ワード大喜利をやっていたあの劇場版うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVEキングダムである。

わたしは彼女らの娯楽に対する間口の広さを羨ましいと思いつつも全く手を出す気にはならなかった。自担のいるライブ以外あまり興味がなかったからだ。

だからこそ観てみようかなと思った。うたプリのことを思い出した時、去年の今頃はこんな気持ちになることもなかったなという切ない気持ちになり情緒がおかしくなっていたことも相まっていたかもしれないし、気晴らしをしたいが、ジャニーズのコンサートは彼を思い出すから観たくない、けどコンサート以上にストレスが発散できる"強い"イベントを知らない、そんなジャニオタの悲しい性も混ざり合った結果である。

 


最初は配信で観ようとしたが、まだ放映されてる(!)のを見つけ、そのまま劇場へ足を運んだ。

 

 

 

 


簡潔に言うとマジLOVEキングダムはアイドルのコンサートがファンにもたらす『感動』を詰め込んだような、そんな映画だった。


綺麗な人間たちが綺麗な服を着て綺麗なフレーズを綺麗な旋律とダンスで表現する。文で表現するとこれに尽きるのだけれど、人の手で描かれた非現実あるが故に、その『美しさ』の純度がべらぼうに高いのである。絵にも描けない美しさが絵になっている…すごい。

とにかくアイドルのコンサートが大好きな人種が興奮する演出がこれでもかと詰め込まれていて、かつ架空だからこそ裏方も見えず、消防法もない、東京ドームの天井も開いちゃう。スケボーも飛ぶし雷も落ちるしムビステは不思議な力で安定してるしで良い意味でリアルの"ノイズ"がない、魔法のような非現実で表現される純然で完璧な理想系の、夢のようなライブ。

けれどそんな最高のライブが、完璧なアイドルたちが、夢みたいなのにすごく強い輪郭を持っていることに驚いた。CGのことは良く知らないけれど、特撮ハリウッド映画みたいなリアルさとは別の意味でリアルだった。ああ、わかる!がたくさんあったのだ。毛穴が見えるとか本当の人間みたいな造形だとか、そういうリアルさとは全く別種のリアルさがそこにはあった。

非現実的な絵空事のような演出のアニメにこんなことを感じるのは変かもしれないが、彼らの仕草とか、ダンスの動きとか、そういう面がとにかく「あるある」で、かつそれでいて「見たこと無い夢みたい」だった。矛盾しているけど本当にそうだった。

そしてその相反した感覚が、わたしにはたまらなかったのだ。非現実的な美しさで完璧なライブをするアイドルが自分が担当を見て感じてきたものと同じ種類のときめきを浴びせてきた、その共通点が、おかしな言い方だが自担、ひいてはアイドルという存在そのものを全肯定しているように感じて嬉しかった。ジャニオタはみんな行ったほうがいい、そう言われていたのがすとんと腑に落ちた。

前述したとおりわたしの中のアイドルは手越が一番。だからこそ自担のいるNEWSのことが大好きだし、何があっても最高最強のアイドルグループだと思っている。その辺のスタンスはセンシティブな問題なので割愛する。

だから「ジャニオタはみんな行ったほうがいい」という謳い文句には正直ピンときていなかった。それくらい楽しいんだろう、それくらいジャニーズの高水準のエンタメを、ハイクオリティなライブを模しているんだろうというと解釈していた。けれどそうじゃなかった。

言葉で表現できない感情なのでもどかしいが、この映画を作った人は何かの模倣なんかじゃなくてもっと確立的な意味でアイドルの彼らの素晴らしさを表現したかったんだと思った。そしてそうやって作られた彼らのステージが、きらきらが、アイドルを愛している人たちの心のど真ん中に刺さるんだと理解した。わたしが手越のことを思い浮かべるのと同じようにみんなあのときめきで担当のことを、推しのことを思い出して、こんな綺麗なアイドルと同じきらきらを持ってる自担って最高だな、と思えるんだと思う。おこがましいかもしれないがわたしはそう思った。

そしてそれと同時に東京ドームの暗闇の中に光る非常灯の明かり、お城のセット、花道、汽車、そういうものひとつひとつに確かな既視感とそして郷愁を感じたのも事実だ。苗字の読み方すらろくにわからない(ごめんなさい)、次元の違うアイドルを観て懐かしいと思う、そういう不思議な体験をした。

そうしてそんな彼らがMCでアイドルとして懸命にやってきたことを語り、涙したり、そうして永遠なんてない(これが本当に衝撃でした)と言葉にしたのがあまりに生々しく、そしてそれでも最後の曲で『僕は君を上手に愛せているかい?時の音を忘れられるくらいに』と歌ったのを観た時、なんてかっこいいんだろうと思ったし、羨ましくて、寂しくてたまらなくなった。とにかく彼に会いたくなった。

 

そうして映画が終わった時、ぼーっとした頭で漠然と、ああ、赦されていいんだと思った。わたしはまだ手越を全然諦められない。

だから根拠がなくても、また彼から幸せというプレゼントをもらえる日々が来るんだと信じていられるなと思えた。もしそれが来ないとして、その時は絶望してもいいんだと。いやな気持ちになっていいんだと。けどそれでもみっともなく執着して、好きでいていいのかもなと。

自担は他所様から見ればこんな世相なのに衛生倫理がないひどい男なのかもしれなくて、でもわたしにとっては今までの人生に恵みをくれたひとで、このライブを楽しんでいる人たちがST☆RISHさんを、QUARTET NIGHTさんを、HE★VENSさんを宝物だと思うように、わたしも彼をダイヤモンドより価値のある宝石だと信じて生きてきたことを思い出させてくれた。

 

 

その後は兎にも角にも感謝の気持ちでいっぱいになり、中学生の頃友達に連れられて行ったぶりに地元のアニメイトでBDを買った。それに劇中歌のCDを見つけられる分と、音也くん(MCのドセンぢからに感動したので)とシオンくん(顔が一番綺麗でMCが可愛いと思ったので)のこまごまとしたグッズをちょっと買った。

けれどまた映画を観に行くかもしれない。その時もやっぱり1人で、一番後ろの席に座りたい。けれど次はちゃんとペンラを持って行こうと思う。

 

 

 

 


※本アカでやるとどうしても映画の感想記事かうたプリをお勧めしているような体になってしまう(そういう主旨とは外れているので)、けれども誰かに聞いてもらっているという体で記録したいのでここに書きました。

本当に素敵なアイドルの、本当に素敵なライブでした。彼らと彼らをつくったであろう全ての存在に感謝します。

 


おわり